駒込ピペットの「駒込」って?
「ピペット」という実験器具をご存知でしょうか?
理系方向の道に進まずとも、中学校の理科の授業の実験などでは使うことがあったはずなので、
覚えている方も多いのではないでしょうか。
少量の液体を吸い取り、計量したり、移動させたりする際に使用する器具で、
耐薬品性を重視したガラスや高密度ポリエチレンなどの素材が使用されています。
ピペットと一概に言っても、実は細かく種類があり…
などがあります。
…と、ここで違和感を感じた人もいるのではないでしょうか。
そう、なぜ実験器具に「駒込」という地名が入っているのか?という事に。
「コマゴメピペット」というどこか早口言葉のような響きの良さで
思わず誤魔化されてしまいそうなところですが、
「駒込」と言えば、東京都豊島区にある地名で、山手線の駅名でもあります。
赤く囲われたあたりが、駒込です。
これがもしも「駒込」ではなく、「新宿ピペット」だったり「難波ピペット」だったりしたら、
きっともっと多くの方がなぜ地名…?と違和感を感じるのではないでしょうか。
ではなぜ、駒込ピペットには「駒込」という地名が入っているのでしょうか。
それは駒込ピペットは、遡る事今から約100年前の1920年代に、
東京都立駒込病院の第5代院長、二木謙三によって考案されたピペットだからなのです。
現在も「がん・感染症」に関する専門治療に力を入れている駒込病院ですが、
やはり当時も伝染病患者を収容、治療する事を専門としていました。
そんな伝染病と向き合う日々の中で、安全で迅速にサンプルを採取するために
考案されたのが、現在の「駒込ピペット」なのです。
なんとそれまでのピペットは、口で吸うものが主流であり、
伝染病患者を専門に診ている駒込病院では、患者から採取した検体の検査をするために
ピペットを口で吸う、というのは命にも関わる大変に危険な行為だったのです。
対して駒込ピペットはガラス管の上部3分の1程度のところにふくらみをもち、上部にゴム球を付けて吸い上げます。
二木謙三が駒込ピペットを考案したのがいつ頃のことなのかは定かではありませんが、
彼が駒込病院に就職が決まった頃「伝染病」というのは、最も恐ろしい病気とされており、
学問的にもほとんど未知の領域の分野でした。
どれくらい未知の分野だったのかと言うと、大学にも伝染病の講義はなく、
駒込病院が医学士採用を決めても、希望者はいなかったほど。
そんな未知の領域であった伝承病専門の診療活動の中で、
コレラ事件やペスト患者が発生するなど、その日々は想像を絶する、
大変ハードなものだったようです。
患者の検査なども今のようにシステム化されてされておらず、
医師が診察の合間を見て行っていたと言うのだから驚きですよね。
その上、親友の医師をコレラ菌患者の手術中に亡くすという悲しい事件にも遭遇します。
はねた患者の血を目に受けてしまうという一瞬の油断が招いた不幸な事件だったそうですが、
その油断の裏には、医師たちの超過密な勤務状態がありました。
謙三はそのような様々な出来事、事件を経験した中で、
少しでも検査や研究を楽にしたいという思いがあったに違いありません。
因みに、駒込ピペットは英語でもドイツ語でも「Komagome Pipette」と呼ばれています。
初めそれを知った時は、東京の地名がそんな風に使われているなんて…と面白く感じたのですが、
歴史を知ってみると二木謙三に対しての尊敬の念も込めて使われているのかな、と思いました。
今では学校などでも広く使われている駒込ピペットですが、
学校などで使われているということは、それだけ扱いが簡単であるということでもあります。
考案から何十年も経っているのにも関わらず使い続けられているということは、
とても優れたデザインであるということですよね。
その優れたデザインの裏には伝染病との戦いがあるという事を、
駒込ピペットを見たら思い出してみてくださいね。
私たちの周りにある実験室や実験器具の原型は、昔の人の探求心から生み出されてきた